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なに、あの表情は・・・・・・
九鬼さんはぼんやり庭を見ている。何かを言いたくて、言えない。まるで、この世の苦悩を一人で背負ってしまったような、辛そうな九鬼さんの顔に、胸を痛めたぼくがハッとしたのはその後だ。ゆるく首をふり、頬を緩めた九鬼さんが庭へおりた。彼の端正な顔のどこにも苦しみや、辛さは見当たらない
九鬼さんが上着を脱いで
「持ってろ」
言って、ぼくへ渡してくる
「一人で抱えるのは大変です」
「一人でも平気なんです」
ぼくの口調を真似た九鬼さんは笑って、義兄さんの前に膝をつく
「仮病は止めて立て」
「腰が抜けた。ゆり子に役立たずのジジイッて罵られたらどうすればいい」
「ジジイらしく介護して貰え」
義兄さんの腰に腕を回し、荷物を担ぐように持ち上げ、肩に乗せた九鬼さんが軽やかに立ち上がる。触れ合い方はどうあれ、愛おしい人と抱き合ういま、九鬼さんにとって邪魔であろうぼくに
「戻ろう」
声をかけることも忘れない
この人はズルい、こういうちょっとした大人の気遣いにぼくが憧れてることを、承知してやってるから悔しい。義兄さんに色目を使うなとか、義兄さんはゆり姉のだとか子ども染みた文句は九鬼さんに笑われそうで、言えなくなる。それが悔しいから、子どもっぽい抵抗でしかないけどぼくは、九鬼さんの脇をすり抜け足早に書斎へ戻った
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