第1章 霊幻山《れいげんやま》

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そして同時に浮かび上がる、我が家の暖かい空間。 つい先程まで、何も変わらぬ日常を送っていたのが嘘のようだ。 しかしそんな回想もすぐに霧のように消え失せ、徐々に現実の、寒さと打撲で痛む体の感触が戻ってくる。 「・・・・・・・・・・・・」 男は何を思っているのか、始終無言のままだった。 咥えている煙草からゆらゆらと立ち上ぼる煙。 その煙が時折、男の視線と交錯してはまた離れていく様を、私は無常のまま見つめていた。 永遠とも思える、重く静かな時が流れる。 が、やがて男はゆっくりと銃口を下げると 「……まあいい。俺は必ずこの目で真偽を確認する質だからな。今日は引いてやるよ」 そう言って何事もなかったかのように、あっさりと踵を返すと、そのまま下り坂を歩いていってしまった。 あまりにあっけなく立ち去っていったためしばし呆然としていたが、男の後姿が見えなくなったところで、わっと涙が滲み出した。 そして我が身が無事であったことを確かめるかのように、痛みなど忘れ、思わず両腕で自分の体を掻き抱いた。 (た、助かった……) これまで吸えなかった息を全身に取り込もうと大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。 (けれど……あの人は、またここにやってくる)     
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