ロマンスは炬燵から始まる

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 決定的な出来事が起こったのは、ふたりが高校2年生の夏の日だった。  その日は地元の大きな花火大会の前日で、休み時間に女子に囲まれていた朔耶がその中のひとりに花火大会に誘われたのを、いつも薫と一緒に観ているからと断ったことがきっかけだったと思う。  学年で一番美人だと言われていた彼女は自分の容姿が整っている自覚があり、プライドも高かった。だからクラスに居るかどうかも分からないような、影の薄い薫を理由に断られたことが許せなかったのだろう。  放課後、朔耶が担任に呼ばれ席を外した隙を狙って、教室から離れた実技棟の美術資料室に薫を連れ出した。  数人の女子が輪になって薫を取り囲み、部屋から出られないようにドアの前に彼女が立ちはだかった。  油絵の具の独特の香りと、埃っぽさが充満した薄暗く熱気の籠った部屋だったのを覚えている。黄ばんだカーテンの隙間から西日がドアに向かって射し込み、その前に立つ彼女の表情は逆光となって見えなかった。  顔を隠すために鼻先まで伸ばした漆黒の髪に、視線を避けるための黒縁の伊達メガネをかけた小柄な薫は、いかにも野暮ったく根暗な風に彼女たちには見えていたのだろう。     
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