あの子はお姫様

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二人の抱擁は永かった。だけれど、 その三日後に、マリアはジョージよりの別れの手紙を受け取った。 ◆ (あの日から、私はあの男を見返すために、一層努力した。だから女性ながら、首相にまでのぼりつめられたんだわ)  そう自分に言い聞かすように一人呟くマリアを、乗せたタクシーはもう宮殿の前にさしかかろうとしている。 ジョージの回顧録によればその顛末はこうである。 【女王がマリアとの交際に反対し、彼女と別れなければ、手を回して彼女の夢も、大学院進学の件も潰してやってもいいと脅してきて、逆らえなかった。僕はマリアを思い、身を切られる思いで、身をひいた】 「ふざけないでよ!!」  回顧録を破りそうな勢いでほぼ読破したマリアは、急いた足取りで王宮に入っていった。もちろん衛兵があまたいるけれど、悪鬼の首相の顔を見ては逆らえない。回顧録の終盤にはこう書いてある。 【そのあとで、マリアを守るために政略結婚に頷いた。打ち解けぬ、プライドのかたまりのような嫁との生活。それからの解放を、癒しを与えてくれたのが、今の恋人だった】 「ふざけないでっ」 マリアはまだ息巻いている。その瞳には滴をためながら。 「私が何のために、今まで独身でいたと思ってんのよ! 勝手に死んだら許さないんだから! この馬鹿ジョージ!!」  足音を打ち鳴らし、王宮の衛兵たちと秘書のアランたちとがもみくちゃになりながら、マリアはジョージのベッドルームに入った。 すべてが飴色の調度で品があり、美しいベッドルーム。そこでベッドに半身を起こした、白髪のふさふさしたジョージは朗らかに笑った。 「やあ、マリア、久しぶりだね」 「何が久しぶりだね、よ! この回顧録、ふざけないでよっ」  ジョージは楽し気に微笑む。 「いやあ、僕たちの美しい愛の思い出を、後世に残しておこうと思ってね」 「ふざけないでっ」  そうまで叫んで、マリアは静かに、ジョージのそばに寄った。 「ジョージ……あなた、痩せたわ」 ジョージのその背中は骨張り、手もしみにたかられ、衰えて、かつて握ったあの柔らかな感覚はどこにもなかった。 ジョージが寂しそうに微笑む。 「ああ、もうじき、ダメだろう」 「死んで、しまうの?」 「ああ」  ジョージが頷くのに、マリアは唇をかみしめて、それから訊いた。 「その、女の人のことを、愛しているの?」 「……ああ。君と同じくらい、ね」  
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