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この物語の舞台はブリターニア王国。時は煉瓦造りの家々の屋根にて、小鳥たちが鳴き交わす静かな朝まだき。朝の光が少しずつ、やわらかに民のことを起こし始めている。早起きのパン屋などはもう、ふっくらしたパンをねり始めている。
その美しい朝に、彼女はゆっくりと紅茶を淹れていた。丁寧にじっくり、ひとつの工程すらおろそかにせずに。二人分ティーカップを温めて、白いキッチンに並べ、お湯がほどよい加減に冷めるのを待つ。ワイルドストロベリーの描かれた、伝統的なデザインのカップ。彼女はそのティーカップを見つめながら、自嘲の気分がこみ上げてくるのをこらえていた。
(私がこの生涯で、二人分ティーを淹れられるようになったのは、あの人のおかげかしらね)
あの憎んでも憎み切れない、あの人のおかげ。あるいはここまで来られたのも――そうなのか。
そんな彼女の質素なマンションの一室に、ドアの激しく叩かれる音が響いた。普通の女なら、驚いてその非礼を咎めるところだが、さすがは【鋼鉄の女】と呼ばれたこの女は落ち着き払っていた。優雅な足取りで玄関に向かい、純白のドアをおもむろに開いた。
「アラン、この朝にどうしたことです」
そこには秘書の、背の高い美青年が立っていた。褐色の肌に、白いのりのきいたシャツ、紺のサージ姿。私服でひげも剃っていないとは、よほど何か急ぎの用事があったのだろう。彼は初夏の朝に流れる汗も構わず、口迅に告げた。
「マダム、大変です……!! 」
「そのマダムというのはおやめなさいと言ったはずです」
「お叱りはあとで受けます。大変なんです……!! これ、これが今市場に出回って、新聞も……!!」
そうしてアランがふところから取り出したのは、一冊の本と、新聞であった。
「この本は印刷所から無理にかっさらってきました。明日には発売になるそうです……!!」
【鋼鉄の女】この初老の女性、マリアは、ショートの、整えられたグレーの鬢を耳にかけ、眼鏡を取り出して本をぱらぱらとめくってみた。そして絶句した。
「これはどういうことなの」
ようやっと、声を絞りだした時、彼女はアランの持っていた新聞もさらうように取って、まじまじと見つめた。そこには。
【ブリターニア国王、ご退位を遊ばしたい!! ご退位後は平民女性と結婚か】
と書かれていた。
「あの男お……ああ、殴ってやりたい」
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