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それからマリアは、こめかみを押さえながら、アランをとにかく部屋に招き入れた。彼女が右わきに、アランより奪い去りかかえる本のタイトルは、【私の青春のすべて】。筆者はジョージ・オウンド・ブリターニア。
この国の第二十六代国王である。
◆
ブリターニアでは、王は絶大な支持を得ていたが、所詮はお飾り人形であった。政治の実権を握るのは政治家で、王族は政治的発言力を持ってはならず、たた大陸最古の王族として、最強の外交の使者として、存在していればよかった。マリアとて何度も拝謁たまわったことがある。あのにっくき国王に。
権力を牛耳るは政府、その中心にいたマリアは、様々な国家の危機を乗り越えてきた、まさに鋼鉄の女だった。
琥珀色の紅茶を手ずから淹れてやって、マリアは、飴色で統一された調度に囲まれた部屋にて、苦い顔で言った。
「で、これはあの大馬鹿ちゃら男が、真実本人が書いたものなのね」
「はい……残念ながら。王室の紋章も裏もとっています」
くううと、マリアはまたこめかみをおさえた。まさか七十になって、若き日の恋人に、暴露本を出されるなんて思ってもいなかった。ましてお互いに今は身分を持った身で。あの男は昔からふざけていた。八十にもなって、国王という王冠を授かってきたくせにまだ、ふざける気なのか。
自称・回顧録を、さっきぱらぱらと読んでみたが、実名こそふせられているものの、ブリターニア国民なら誰でも、マリアと分かる書きかたで、自分が書かれている。ああ、腹立つ。マリアは立ち上がり、玄関の靴箱に秘していたあるものをそっと取り出した。
「とりあえず一大事だから、今すぐブリターニア宮殿に行くわ」
「いけません。あなた様に、鉄バッドはさまになりすぎです」
肩で切り揃えた黒髪を揺らし、アランが動揺する。マリアは嘆息し、やむなく鉄バッドを置いて、それから再びホールに戻って、分厚い回顧録をめくった。そしてバタンと勢いよくとじた。アランが苦笑して告げる。
「すごいことが書かれていましたでしょう」
「【Mリアのキッスは苺味】まで読んで読む気も減退したわ。何あいつ、こんなことを恥ずかし気もなく書くなんて。書かれた私の身になる気が、一ミリも感じられない。昔からそうだったわ」
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