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はあと深くため息を重ねるマリア。そんなマリアも、テレビをつける余裕はあった。点じたニュースもまさにこの話題一色だった。
「王もご高齢で、王妃様もとうに崩御されている。ましてや政略結婚であった。体調がお悪いという噂もある。その前に、恋人に報いたいのであろう」
そう告げるキャスターもあれば、ニュースの別なキャスターは困惑顔である。
「しかし、王が退位となれば、様々問題が生じます。混乱もしましょう。これはなかなか難しい問題であるともいえるのでは」
「ところで、この王のかつての恋人であった、政治家志望のMリア氏というのはまさか、うちの元首相では」
キャスターがやんややんやと騒ぐなか――。
「もう駄目、我慢ならない」
ついには、マリアが椅子を蹴り、急いてマンションを出、「静まれ、静まり給えー!!」
と叫ぶアランを引きずったまま、タクシーを呼び寄せた。
その異様な雰囲気の中でのタクシーで、マリアはぱらと回顧録をめくりながら、渋い顔で、自身の記憶を探りなおしていた。あの日の記憶――、優しくて苦くて、たまらなく、愛おしい記憶たち。
◆
今より約五十五年前、あの男ジョージは二十八歳、マリアは十八歳であった。ジョージはこのヨーロピアン大陸でも、名の知らぬものはない大国の皇太子さまであり、マリアには雲の上のお方だった。金髪碧眼で、優雅にして端正な身のこなしに、スタイルも抜群の七等身、彼が微笑むと泣く子さえもときめき、彼が挨拶の接吻を手にでもしようものなら、乙女どもは泣き叫んで喜んだ。そして泣きながら失神した。
ヨーロピアン大陸のすべての女子は、彼と結婚したかったといっても過言ではない。そう、マリアをのぞいて。
マリアは彼が気に喰わなかった。王族に生まれるという、生まれながらのステータスにくわえ、美貌と、優れた治政能力の片りんを見せ始めたこの皇太子さまは、何もかも持ちすぎていて、鼻につくと思わされたのだ。おまけに彼はこのあいだのチャリティーの場で、貧しい労働者たちがさらに搾取を受けている、という実態について記者に意見を求められ、
「さあ、僕にはよくわからないな」
とよりにもよって答えたのである。彼は恵まれすぎたのだろう。
(ほんっと、こんな阿呆な方が未来の国王で大丈夫なのかしら)
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