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【あなた様は本当の貧しさを知っておられます。それは貧しい、あわれな人たちにおこころを寄せられないことです】
そう結んで、手紙を夜のテンションのまま、ポストに投函した。女王、皇太子、王子には一日に千ちかく手紙がくる。それを知らぬマリアではなかったから、もちろんこのお手紙のことなど気にもかけぬと思っていた。一応、自分の属する政治研究会の、チャリティーバザーの知らせは、手紙にはさんでおいたが。
(ふふ、私ったらなんて馬鹿なことを)
自嘲の気分をこらえ、マリアは銀の長い髪を風に遊ばせ、ポストから去っていった。
◆
そしてチャリティーバザーの日がきた。マリアはせわしく売り子として働いていた。灰色の石造りの大学のホールを貸し切って、洋服やらベビーグッズをところせましと並べる。
(よかったわ。結構お客様が来てくださって)
だけれど、もちろん、あの男は来なかった。未来の国王は、あのひげ面は、この色鮮やかなバザーの品じなと人込みの中にはいなかった。
(あらいやだ。私ったら、何を期待しているのかしら)
マリアはまたおかしくなって、午後にある政治討論会の準備もひそかに始めた。その時だった。
「お嬢さん、これはおいくらかな?」
「あ、はい」
顔をもたげて、思わず絶句してしまった。そこには紺のスーツに身を包んだ、美しい男が立っていた。ひげを剃り、ダークカラーの帽子をかぶり――、確かにこれでは、未来の国王とはばれないであろう。
「皇太子……殿下……」
「お手紙ありがとう。君がマリアだね?」
それから国王はにこやかに語りだした。歯の浮くようなセリフを、優雅にだらだらと。
「やあ、君の瞳のとび色はなんと輝かしいのだろうね」
とか、
「宛名にはチャリティーの主催者マリア、としか書かれていなかったから、探すのに手間取ってしまったよ。このいじわるなマイプリンセス」
など。
マリアはどぎまぎしていた。まさか、本気で来るとは。よくある現象だとは思うが、こんなことは読者諸君にはないだろうか。ある政治家の文句を並べていて、いざその政治家が眼前にやってくると、思わず頭を下げてしまう――。うん、やはりなかなかない現象である。
しかし、未来の鋼鉄の女マリアはさすがであった。人目にたたぬように片膝を折り曲げて、すぐさま微笑を浮かべた。
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