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狭い鳥籠のような王宮。十二歳になったマリアはそこから抜け出すために、幼い頃より様々策を弄した。ある時は異国の言葉を学ぶ言語学の時間であったのに、突然倒れて暴れて離宮に逃げ込んだ時や、逃げて、城下街で庶民と並んでメダイア伝説の紙芝居を見たりした時もあった。
――その日も、マリアはマリア付教育係の目を欺いて、海近くの森深い丘に逃げ込んだ。むろん一人で逃げたのだから、おつきも近習も誰もいない。
森は案外深かった。枝を踏んでは空を見上げる。空には森が黒々と手足を伸ばしていた。
次第にマリアの胸には恐怖が募った。つらい現実から逃げ切るためにここに来たが、どうしよう、ここから無事出られるであろうか。奇怪な声で叫ぶ南鳥たち。一人で森に入ったことのないマリアは、泣きそうになった。そんな時。
「そこで何をしている!!」
と、怒声に似た声音が響いた。マリアはびくっと脅えてしまって、声も出ない。向こうから走ってこちらへくるのは、白い肌に金の瞳を宿した、白馬にまたがった美しい青年だった。
「こんなところで何をやっているんだあんた。ここはメダイアの呪いの森だ。これ以上いると、呪いをもらうぞ」
その見目美しい青年の、あまりに整った顔に魅入られたか、マリアはしばし動けなかった。
「おい、聞いているのか。そこにいると危ないと……おい」
荒い言葉遣いも、今のマリアには大きな問題ではない。ただ、誰かが、来てくれた。ここから出してくれる。
ようやく誰かと一緒に森を抜けられると思うと、安堵の涙が溢れてきた。慌てて青年が馬を降りる。
「お、おい。泣くなって、馬鹿! 俺が悪いことしたみたいだろうが。頼むから二十三のおっさんを、愛らしい娘をいじめた悪者にしないでくれよ」
おどけて言うこの青年を、マリアは少しだけ、可愛く思った。男が手を差し出した。この手をとれ、というのだろう。
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