1人が本棚に入れています
本棚に追加
「ったく、とにかくこの森は危険だ。早く離れないと……というかお前さんは何でこんなところに入った?」
ゆったりと馬の蹄とともに歩き出すふたり。
マリアがハンカチで涙をぬぐいぬぐい、話し始める。
「私、逃げてきたの」
「は、はい?」
「お義母様がイヴァ語を習えってうるさいの。私はそんなことしたくないのに」
はん、と男が笑った。
「いいじゃねえか、減るもんじゃないし。俺には、金持ちのお嬢様の、幸福な悩みなような気がするがね」
これに姫が首を振った。
「違うわ。母は、イヴァ王国の六十のおじいさんに私を嫁にいかせようとしているのよ」
「はあ?」
男が美しい顔を少し、しかめた。男はそれからしばし姫を見やって、その胸の国章である野薔薇のブローチに気付いたのだろう。うやうやしく腰をさげ、悔悟の表情で顔をうつむけた。
「申し訳ございません!! 国王陛下が第三子、マリア姫だとはつゆ知らず、私の数々のご無礼をお許しくださいませ! 」
苦笑した姫が男のその手をとる。
「いいのよ、それよりその丁寧でお優しーい言葉遣いを改めて頂戴」
「はっ。申し訳ございません。この国立騎士団員アラン・シヴェール、より正式な言葉遣いに正させて頂きたく存じますがっ」
「違うの」
姫はにっこりと笑って、男アランの顔を覗きこんだ。
「お城にいる時はそれでいいわ。ただ、私、あなたが気に入ったのよ。粗野で乱暴で、私をただのお金持ちのお嬢さんという、あなたがね?」
「し、しかし……!」
アランは困った顔になるが、姫はまるで意に介さない。
「いいでしょう。愛らしい娘さんの頼みを聞いて下さらないの。二十三歳のおじさま」
「……俺はおっさんじゃない」
「ほらきたわ! それよ」
姫がくすくすと笑う。それは女神メダイアが思わず嫉妬しそうなほど愛らしく、咲き誇らん薔薇のようなあでやかさがあった。
それからアランとマリアは時々、こうして二人で会うようになった。
最初のコメントを投稿しよう!