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ましてあんなことがあったのに!
「……どうしても見て下さらないの? 」
「俺には、その美しい玉の肌を見ていい権利と身分がないんでね」
これにマリアはふうと嘆息し。
「……もう玉の肌じゃなくなっちゃったのよ」
そう言いながら、ドレスの裾をおもむろに持ち上げる。おい、馬鹿やめろって。そういうアランの唇が動きをとめた。
マリアの美しい白い腿に、幾筋も切り傷が走っていた。むごたらしいまでに紅が映えて、騎士団のアランにはそれが故意のナイフによる傷だとすぐにわかった。
「なんてナイフで書いてあるかわかる? ペーゼ、愛人って書いてあるのよ」
「愛人……まさか」
王妃が? アランが打ち沈んだ声音で問うと、マリアが寂しそうに笑った。
「このあいだ脱走した時、つかまって王宮に戻されたわよね。あの後、王妃が召使に命じてやれって傷を刻まれたの。本当は足の腱を切ってもう出れなくしてやりたいけれど、そうすると歩けなくなって嫁に出せないからって。わざと淡くひいてあるの。ひっつりにもならないように、ね」
「なんということを……」
アランが苦痛に満ちた表情でマリアを見つめる。それからその絹糸のような金髪を撫でてやりながら。
「かわいそうに……痛くてつらかったろう。ひどいことをされた。よく耐えたなあ」
「仕方ないわ。私はあの人からしたら、にっくき愛人の娘ですもの。このあいだは、そのお綺麗な顔は、不幸な事故で亡くなったお母様ゆずりね、いつまでそんなに素敵なお顔でいられるんでしょうね、なんて冷笑を浮かべながら言われたわ。いずれこの顔も台無しにされるかもしれない」
「マリア……! なんてことだ」
俺には何もしてやれないなんて、と苦悩するアランの頬に、マリアはキスを落とした。
「そうなっても、私のそばにいてくれる?」
王とメイドの子であるマリアには、辛い現実が常につきまとって彼女を離さなかった。それで彼女は白鳩を放すのを合図に、アランと過ごす時間だけを楽しみにしているのだ。アランはマリアを初めて腕の中に入れた。マリアの胸は高鳴って、そのまま顔をもたげることさえできなかった。マリアはアランのかたい胸に息もあやうくなり、アランはマリアの女らしくなった柔らかい体に酩酊しそうになった。
そのうちに人の来る気配がして、二人は身を離した。
◆
それから五年もの月日が経った。
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