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デスクの上に散らばったメモ用紙には描こうとしていた小説の構成が小さな文字で刻まれてあった。壁には誰か昔の先輩が取った賞状が額縁に飾られている。
今の文芸部は三人ぽっちだった。秋が終わって三年生は引退してしまったし、二年生はもともと一人もいない。
和樹はちらと時計を見た。
そろそろ晴佳が来る頃だな。
彼が思った通り、しばらくしてから部室の重たい扉が開いて、晴佳がバッグを引きずりながら入って来る。
「こんちわー」
「こんにちは」
「聞いた? ミキ君、また入賞だって」
「聞いたよ」
彼女はバッグをソファに投げやって、それからその隣に腰を下ろした。
「いや~! めでたいね!」
「......幹雄ばかりズルい」
「なに? 嫉妬ですか?」
晴佳は可笑しそうに首を傾げた。その短い黒髪がさらりと夕陽に揺れる。不健全なほどに白い腕が綺麗だった。
「嫉妬して悪いかよ」
和樹はそっぽを向いた。
晴佳を見ていると、和樹の心臓はいつもより早く脈打ってしまう。頬が熱くなって、心がせわしくなる。
窓に反射して、鞄から文庫本を取り出す晴佳の姿が見えた。その虚像の奥でサッカーボールが鈍い音で足蹴にされる。
和樹は自分が晴佳を想うその気持ちにまだ気付いてはいなかった。
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