さくらくも

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 香雲山の麓の空はまばらに雲に覆われて、寂しさが際立っていた。もう真昼時だというのに、どうも風が冷たい。風は山の上から吹き降ろすように吹いている。然程高くない山だというのに、上の方はおびただしい霧や片雲に巻かれており、中腹から上の様子は全く分からない。雨具も持たず、ましてや山登りの用意などしていなかったから、このまま山頂へ向かっても大丈夫だろうかと考えていると幼馴染が、午後にかけて気温が上がるから霧も雲も僅かばかり晴れて、その時間に桜雲が見頃になる。山の中腹に一軒、お蕎麦屋があるらしいからそこでご飯でも食べながら待っていよう、と言って先を歩き始めた。僕は、歩いていてもすぐに追いつくはずなのに、その隔たれた数歩の隙間が急に恐ろしくなって駆け足で距離を詰めた。僕は自分の脚が山に登っていると言うよりも、幼馴染と離れないようにと動いているのを感じた。香雲山は円錐ではなく僅かに中心が窪んだ三日月の錐 体になっていて、桜雲はその三方を山に覆われた場所に風が廻ることでできるらしい。日本晴れの日には山の麓からでも見ることができるそうだが、歌に詠まれた桜雲は今日のような曇り空の日で、晴れの日よりもむしろそちらの方が幻想的なのだとか。僕は幼馴染の薀蓄を右から左へ聞き流しながら黙々と歩いた。     
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