さくらくも

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霧の立ち込めた三日月の内側を登っていく。車両通行帯を兼ねた山道の崖側にはところどころ欠け、ところどころ朽ちて用をなさなくなった木製のガードレールが施されていた。山の中途まで来て桜の花びらがちらちらと足元に見られるようになってきた頃、一人の老人の背に行き当たった。夢で見た案内人の爺さんに似ている気もするし、全く似つかない気もした。爺さんは寄ろうとしていた蕎麦屋の店主で、朝一番に麓の店に食材の買い出しに行っていたが、重い荷物を持って帰っているうちに腰を痛くしたのでのんびりと歩いていたのだそうだ。僕は荷物持ちを申し出た。人見知りの幼馴染は斜を向いて黙っている。老人は朗らかに笑って謝して食材の入った袋を差し出してきた。荷物を持つと、幼馴染は黙ったまま袋の持ち手の一方を握った。僕らは一つの荷を、二人で分け持って、三日月の山道を、ようよう進んでいった。  蕎麦屋に着くと、爺さんはさっきのお礼だと言ってタダで飯を食わしてくれた。幼馴染は食べるのが遅い。遅いくせに話したがりなので、なおさら食事に時間がかってしまう。先に食べ終えて無沙汰な暇を持て余しても仕方が無いので、話に対していつもより丁寧にいつもより多めに相槌を打ち合いの手を入れ、僕もゆっくり時間をかけて食べた。すると、興が乗ったのか、彼女はいつも以上に時間をかけて薀蓄や雑学を得意げに披露し、蕎麦が伸びるのも構わずに本で読んだ知識を語った。僕は果てしのない聞き手に回ったことを、少しだけ後悔した。幼馴染はため込んだものを吐き出せて満足そうだった。     
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