さくらくも

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食事をしたことも手伝って、少し暖かくなったので上着を脱いだ。幼馴染は外を見て陽が出てきて気温が上がったんだろうそろそろ出てくるかもしれないよ。と、誰に言うでもなく呟いた。僕は、少しの間自分が何をしにここに来たのかを忘れてしまい、何が出るのだろうという顔をしてしまったから、彼女は目敏くそれに気付いて何を呆けてるのさくらくもだよと笑った。爺さんに礼を言って外に出た。店を出るとき爺さんが、お前さんたち何でここが桜の名所だと知ったのか尋ねられた。幼馴染は首だけ振り返ると、古歌にこの香雲山の桜を詠んだ歌があるのです。と、早口に答えた。老人は、そんなものがあるのかと初めて聞いたような顔をしていた。 外は幼馴染が言っていたように雲の隙間から薄明光がもれ出していて、数筋伸びた光の腕が山の淵に沿って咲いた桜を掬い取ろうとしていた。さらさらと、麓の方からそよ風が吹いたと思うと、今度はすさまじい勢いで頂から突風が吹き下ろした。幼馴染はよろめいて僕にぶつかるとそのまま、風が運んだ夥しいほどの桜の花びらを目で追った。雲が動き細い光の筋は一本の柱になって三日月型の山の、ぽっかり空洞になったところへ集まった。すると今度は真下から突き上げるように吹いた風が桜を舞わせ、はるか高みへ運んだ。陽はまた雲に隠された。薄ぼんやりともれいずる暖かな太陽の存在の陰を白とも薄い赤とも言えないさくら色のさくらぐもの向こうに感じた。幼馴染は、ああやっとまたみられた、とひとりごちた。僕は立ちくらみに襲われて、その場に蹲った。     
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