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「いいから! ちょっと俺に合わせてくれぇ!」
そしてなおも手を頭の前で拝んだようにする拓也。俺がそろそろやめさせようとした時、向こうから―――研究所からものすごい勢いで走って来る影。
振り返って青ざめる拓也。影は拓也の手を掴み、引きずろうとする。
「先輩! 青木先輩! 大丈夫です、戻りますからぁっ! 痛いです、助け……助けろ! 聡! お前だけが頼り」
拓也の手は空をかき、落ちた。先輩と呼ばれた白衣の男は、確か四年の理学部。
拓也が研究室から逃げるのを毎回のように追いかけてくるから、俺も名前を覚えてしまっている。少し厳つい顔と体格の先輩だ。
「先輩! 俺、朝ごはんも昼ごはんも食べてないです! 聡とご飯食べたいなぁ、て! 聡君、ちょっと時間いい?」
俺が睨むと拓也は肩をすぼめた。そのまま引きずられて行く拓也を見送る。
「………嫌だ………」
憔悴し切った顔で呟いた。
「俺はこんなところで諦めてたまるか。俺は生きてあの温かい食堂に帰る。冷たい研究所で食べる飯はもう散々なんだよ!」
「ファンタジーの見過ぎだ、アホ! 現実に戻れ、黙って研究所に戻れ!」
引きずる先輩の怒号。そして拓也は連行されていった。涙は出なかった。
その後拓也が何かに追いかけられながら、食堂に来たのは一時間後だった。
「お前さぁ、いいの? なんか顔の傷」
「いいの! 俺は先輩の卒業論文に嫌々付き合わされているだけだし。俺が抜けてもどうにかなる。それより」
白衣のままで、顔に傷だらけの拓也。怒ったような口調だ。
「お前の方だよ、二日後の。どうエスコートするのかも決まってないだろ」
いやいや、別にそんなこと。どうだっていいだろうに。
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