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「そんなことはいいから。早く行って。喉カラカラ」
聡は後ろを振り返らずに歩き出した。文学部で、ゼミの予定は夏休み中全く入ってない俺が絶対分からないような理由なのだ。
食堂はお昼時のせいか学生達がたくさんいて、みな思い思いのものを選び食事している。聡は食事処を素通りして一番端にある自動販売機の前に立った。
カップを置いて買う販売機もあるが、ここはやっぱりペットボトルのジュースだ。小銭を入れボタンを押す。キンキンに冷えたペットボトルを抱え、拓也のところに戻ろうとした時だった。
ふと、声をかけられた。
「聡兄! 聡……兄? ここでなにしてるの」
真後ろからいきなり声をかけられたら驚かないものはいるのだろうか、いや、そんなことはない。
「うわぁっ!」
俺は滑って抱えていたペットボトルを地面にぶちまけ、挙げ句の果てにテーブルの脚に思いっきり足をぶつけた。
駄洒落なのではない、確かにそうなのだ。
「うわぁ……脚に足をぶつけた……ぷぷっ」
楓は駄洒落に弱い質だった。
「あのな! いきなり後ろから声を掛けるな。たくっ……拓也といい楓といい、何か俺に恨みでもあるのか! 昔、背後から斬りかかったとか!」
俺は小説で読んだ武士のように、日本刀を使う真似をした。その様子に楓はお腹を抱えていたが、しばらくすると落ち着いた様で再び話し出した。
「違う、違うよ。ただ、聡兄がいたから声かけただけ。聡兄が紙コップのジュース持ってなかっただけ良かったと思わない? 紙コップだったら今頃ずぶ濡れだよ」
確かにそうなのだが、腑に落ちない俺は楓を見上げた。それを見た楓は頭を下げて謝っている。
「ごめん。この通りだから!」
楓は顔の前で手を合わせ、頭をペコペコ下げている。その様子に何か悪いような気がして……、男がずっと根に持っていても仕方ないと思い始める。
「ペットボトルだから良かったな」
聡は少し汚れたズボンを払った。楓はホッとした様な表情を見せる。
今、気づいた事だが、楓は人を待たせていたらしい。
「楓。あたし、次の授業あるから先行くねー」
「うん、分かったー」
楓は向こうへ歩いていく女の子に手を振り見送る。楓はそこに残った。
「おい、いいのか?」
「大丈夫。私はこの後授業無いし……どっちみちここで待つ予定だから」
楓は向こうへ飛んで行ったペットボトルを拾う。
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