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 だめだ、涙が出そうだ。  さっきまでの勇気は、もうどこにもなかった。  理香は、塾のそばで待つ長谷さんを見つめた。せめて、姿を目に焼きつけておこう、と思う。  目の前の信号が、赤から青、青から赤へと何度も変わる。そのうちに、人通りが少しずつ減っていき、やがて、ファッションビルの明かりが消えた。  九時半になったころ、塾のドアが開いて、塾の講師が姿を見せた。続いて、制服の子どもたちが次々に出てくる。  今日の授業が終わったらしい。  気がついたら、長谷さん以外にも、子どもを迎えに来た保護者らしい人の姿がいくつもあった。講師に頭を下げ、親子で肩を並べて帰っていく。以前勤めていた学習塾でも、毎晩のように見ていた光景だ。  長谷さんは、その様子をただ見ていた。子どもの姿をさがす様子も、近づいていく様子もない。  理香は、塾の入り口と長谷さんを交互に見つめた。  娘さんだと聞いているけれど、長谷さんに似ているのなら、きっときれいな子に違いない。見たくないけれど、見てみたい。  女の子が出てくるたびに、この子だろうか、と考える。けれど、長谷さんのもとに駆け寄る子はいない。  やがて、生徒の姿は減っていき、最後の一人を見送ったらしい講師が、入り口のドアを閉めた。ロビーの明かりが消されて、さっきまでのにぎやかさが嘘みたいに、歩道が寂しくなった。
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