2979人が本棚に入れています
本棚に追加
長谷さんは、変わらない姿勢でファッションビルの壁にもたれている。
──すれ違っちゃったのかな?
うす暗い街の一角で、長谷さんがコートのポケットからスマホを取り出した。画面の上に指を滑らせる。
メールを打っているように見えた。奥さんに娘さんの帰宅を確認しているのかもしれない。でも、それにしては──長い。
理香は、長谷さんの姿を見つめ続けた。時間が過ぎていく。外は、冷えているだろう。
──寒くないかな。手、冷たくないかな。
温めてあげたいと思うけれど、それは理香の役目じゃない。
十分以上も経ったころ、長谷さんはようやく画面から目を上げた。
突然、理香のスマホがテーブルの上でふるえた。理香は、びっくりして小さく点滅するランプを見つめた。
──どうして──?
あわててガラスの外に目を戻すと、長谷さんが身体を起こし、コートのポケットにスマホをしまうのが見えた。
ゆっくりとした歩調で、自宅へと続く道を歩いて行く。遠ざかっていく背中が、やがて、暗い夜道に溶けて見えなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!