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──どうして知ってるの?
理香は、おろおろと視線をさまよわせた。
──長谷さんが話したんだろうか。でも、自分の浮気の話を、わざわざ?
「してないなんて言うなよ」にこりともせずに研さんは続けた。「あいつからのメールを無視するのは? 電話に出ないのは?」
話の展開に違和感を覚えた。何を責められているのか、だんだん分からなくなってくる。とまどう理香の前で、研さんの顔がゆがんだ。
「ちゃんと考えてやれって言ったよな、オレ」研さんは今にも泣き出しそうに見えた。
「あいつが重いのは分かってるし、理香ちゃんに背負ってくれなんて言えない。でもな、ダメだっていうんなら、はっきり好きじゃないとでも何とでも言って、振ってやれよ。ただでさえ、ようやく生きてるようなやつなのに、痛々しすぎて見てられん」
──振る? わたしが、長谷さんを?
研さんが何を言いたいのか、全然分からない。
「意味が分かりません」ようやく絞り出した声は震えていた。「そんな問題じゃないでしょう? だって──」
研さんが、「だって?」と先を促した。ふいに、向かいの店の看板がにじんだ。
「奥さんもお子さんもいらっしゃるんだから──仕方がないじゃないですか」
口にした途端、ずっとこらえ続けていた涙があふれた。何週間も心の中に閉じ込めてきた涙が、一度堰を切ったら止まらなくなる。
理香はしゃくり上げ、鼻をすすった。
「わたしがどんなに──どんなに好きでも、どうしようもないじゃないですか──」
ずっと隠しておくつもりだったのに、とうとう口からこぼれてしまった。
研さんが息をのむ気配がした。理香はポケットをさぐってハンカチを取り出し、ぐしゃぐしゃの顔を押さえた。
みっともないことは分かっているのに、涙をとめることができない。研さんの姿がかすんで、見えない。どんな顔をしているのか、怖い。表情を見なくて済むのはよかったかもしれない。
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