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混乱していた頭の中が、静かになっていく。
ずっと、この恋から逃げてきた。遅れてしまったけれど、わたしは、わたしの恋に向き合わないといけない。
そして、この人を一人ぼっちのままにしたくない。そばにいさせてくれるかどうかは分からない。長谷さんの中では終わってしまっているかもしれないけれど、せめて一緒にいたいと伝えたい。
迷いも不安も必要ない。余計なものは全部、この場所に置いていけばいい。
信号が青になった。理香は横断歩道に足を踏み出した。そのまま境界線の向こうへと渡っていく。長谷さんの姿が近づいてくる。その横顔の先には学習塾のドアがある。
この人が、たった一人でこの場所にいなければならないことの理不尽さを思うと、泣きたいような、怒りたいような、上手く説明できない感情が押し寄せてきた。その中には、自分がこれまでに取ってきた行動への後悔も含まれている。
長谷さんは、ただぼんやりと前を見ている。彼の心の中には、中学生に成長したあかねちゃんがいるのかもしれない。あのドアから出てきて自分を見つけ、「お父さん」と笑う女の子が。
理香は、真っすぐに長谷さんのもとへと歩いて行った。長谷さんは周囲にまったく注意を払っていないらしく、近づいていく理香に気づきもしない。
すぐそばに立って横顔を見上げると、ようやく理香の方に目を向けた。
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