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「わたし──」
理香は言い淀んだ。
伝えたいことははっきりしているのに、いざ相手を目の前にすると、何からどう話せばいいのか、最初の言葉がなかなか見つからない。
長谷さんは急かすそぶりもなく、少し首をかしげるようにして理香を見つめている。
「すみません、あの、うまくまとまらなくて」
「構いませんよ」長谷さんは穏やかに言って、背後の自宅に目を遣った。「寒くないですか? 中で話しますか?」
言ってしまった後で、長谷さんは自分の発言に戸惑ったように「ごめんね、冗談だから」と言い足した。
「──中に、入れてもらえますか?」
「え?」
理香の言葉に、長谷さんは心底驚いた顔をした。
「話をさせてください」
今さらだと分かっている。でも、理香の顔に必死さが表れていたのかもしれない。長谷さんは「何の」とは聞かずに、黒いバッグのポケットから鍵を取り出した。
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