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 言葉の意味をはかりかねて、理香は目の前にいる相手を見上げた。長谷さんは、目を逸らしたまま、懸命に感情を抑えようとしているように見えた。 「どうして、来たんですか?」  長谷さんは力のない声でつぶやき、「帰ってください」とさっきと同じ台詞を繰り返した。 「でないと、僕はまた勘違いをしてしまう。きっと何度でも、ばかみたいに」  鼓動が速くなった。理香の方こそ勘違いをしているかもしれない。それでも、理香は長谷さんのコートの袖に手を伸ばした。すがるように、端っこをぎゅっと握りしめる。 「会いに来たんです」  ようやく長谷さんと目が合った。いつもは穏やかな目に、不安が揺れている。 「──好きです」  ぽろんと涙が落ちた。  長谷さんは身動きをしない。ちゃんと聞こえただろうかと不安になって、理香は、もう一度、今度は少しだけ大きな声で告げた。 「あなたが、好きです」  長谷さんは、ためらうようにゆっくりと片手を上げ、指先で理香の頬をぬぐった。懐かしい、優しい指先が輪郭をなぞる。 「振った相手に同情なんてしなくていい」 「同情じゃありません」  束の間、その先を口にするのを躊躇した。長谷さんの傷に触れてしまうかもしれない。でも、この人といたいなら、避けては通れないことだとも分かっていた。 「ご結婚されていると」頬に触れた手が一瞬びくっとして、それから離れた。「奥さんがいらっしゃると思っていました。わたし達の関係は許されないものだって、ずっと」
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