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「長谷、元気にしてる?」 「元気です。あ、でも」 「ん? なんかあった?」  途端に心配そうな顔になる。やっぱり“お兄ちゃん”だ。 「いえ、その。別に問題はないんですけど、あの、意外に長谷さんって、こうと決めたら行動が早いというか、さくさく進めるタイプというか、ちょっとびっくりしてて」  穏やかで静かなイメージが強かったので、控え目で大人しい人なのかと思っていたら、そうでもないことが判明した。 「もともとそういうやつだよ。でなきゃ、いくらデザイナーとして才能あっても、独立して自分で経営なんて、できるわけないだろ」 ──それは、そうかもしれない。  言われてみれば、最初に会った時も、急に呼び出されて無茶振りをされたというのに、その場で川辺社長に電話して即決していた。それに、ポケットチーフの小川さんが「興味がない仕事は容赦なく断る」と言っていたことも思い出した。  研さんは、にかっと笑った。 「なに? もしかして、沙彩の推測、正解?」 「推測って何ですか?」  おそるおそる尋ねた。さっきまで隣の部屋でどんな会話が交わされていたんだろうと思うと、冷や汗が出る。 「もう結婚の話が出てんだ?」 ──するどい。  内心の焦りが顔に出てしまったらしい。研さんは「そっか」と無邪気に言った。「何年もなんて、絶対待たないよ、あいつ。行動力あるし、いけると判断したら遠慮しないから。覚悟しといた方がいい」  エントランスから出ると、ほのかに夏の夜の匂いがした。区民センターの敷地に茂る、木々の緑の匂い──。  研さんは駐車場にちらっと目を遣った。端っこに一台だけ駐車している黒いセダンのヘッドライトがついた。 「お、迎えに来てるじゃん。仲良しだな。よきかな、よきかな」お年寄りめいた言葉が、妙に似合っていた。「オレ、バイクだから、お気遣いなく。また来週な」  研さんは、近づいてくる車に向かって大きく手を振り、二輪車の駐車スペースに向かって歩き出した。
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