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「早かったね」  理香が声をかけると「ダッシュで来たもん。マフィン、なくなっちゃうかもしれないし」と得意げな顔をする。見た目は大人っぽいのに、こういうところは年相応だ。 「行ってください」長谷さんは理香に向かって言った。「様子を知りたくて寄ってみただけですし、終わるまで、僕は見学していますから」  その言葉に、沙彩ちゃんがぱっと反応した。 「うわ、デートの約束? リカちゃん先生、今年のクリスマスは、ばっちりだね」  そんな言われ方をしたら、長谷さんに迷惑だ。焦って「そんなわけないでしょ」と返したら、沙彩ちゃんが「だよねー。イケメンすぎるもん」とあっさり同意した。  苦笑いをする長谷さんに頭を下げて、理香は沙彩ちゃんと一緒に控え室を後にした。  少しして大会議室に現れた長谷さんは、自分で言ったとおり、あちこちに出没しながら学習会の様子を見学していた。遠慮がちに長机の間を歩き、時々立ち止まってはボランティアと生徒たちのやり取りを眺めている。 ──退屈じゃないかな。  そう思いながら、はじめのうちは横目でちらちらと彼の姿をうかがっていたものの、沙彩ちゃんに仮定法過去について解説しているうちに、いつの間にか集中していた。  二学期の期末試験は、中学生にとっても高校生にとっても、当人たちが考えるよりずっと大事な意味を持っている。中学生、特に中学三年生にとっては、この試験の結果が高校入試の内申点に直結するし、高校生にとっては、次の学年に進級できるかどうかの分かれ目になる。  だから、一点でも二点でも多く取らせてやりたい。そのためには、本当の意味での学力向上にならなくても、ヤマカケだってするし、学校教育では教えないような裏技だって暗記法だって教える。
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