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すっかり見慣れた黒い車が、理香の前でとまった。助手席のドアを開けると、長谷さんが「お疲れさま」と温かい声で迎えてくれた。
「すみません、おじゃまします」
言ってからシートに座る。シートベルトを締めて顔を上げたら、長谷さんと目が合った。彼は、なぜか楽しそうに理香を見つめていた。
「どうかしました?」
「律儀だな、と思って」
「そうですか?」
「うん。もっと我儘になってくれていいのにって思うけど、そんなところも」
そのあとに、ものすごく甘い言葉が続いて、理香は真っ赤になった。長谷さんは軽く笑い、理香の額に優しくキスして「続きは家でね」とささやいた。
最近、週末はほとんど長谷さんと一緒に過ごしている。金曜日の夜は、こうして車で拾ってくれるか、駅まで迎えに来てくれることが多い。
静かな車内にウィンカーの音がカチカチと響く。駐車場から大通りに出て、車は、ここ数か月ですっかり通り慣れた夜の道を滑らかに走り出した。
助手席からフロントガラスの向こうを眺めているうちに、この人への恋をはっきりと自覚したのも、こうして夜の道を走っている時だったことを思い出した。
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