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 カレンダーも、きっとどこかにしまい込まれているんだろうと思う。大切な人が遺した幸せの記録。そのありかを理香が知る必要はない。でも──。 「無理に手放したりしないでね」 「え?」  長谷さんが何のことだろうという顔をしている。 「カレンダーも、お茶碗も。あと──」ほかには、どんなものがあるだろう。「アルバムとか、指輪とか、思い出とか、気持ちとか、全部ずっと持っていて大丈夫だから」  思いつくままに言葉にしたら、変な日本語になってしまった。 「そのままでいいんです。今のままで──大好きですから」 「──うん」  ありがとう、と長谷さんは小声で言って、理香の手を握りしめた。  この手が好きだ。少し筋張った手の甲と、長い指。触れると温かいことを知っている。  名刺を差し出す。紙の上に鉛筆を走らせる。ゆったりとハンドルを握る。グラスを持つ。きれいに箸を使う。髪に、頬に優しく触れる。指をからめる。ちょうど、こんな風に──。  つないだ手を持ち上げるようにして、しみじみと眺めていたら、「どうしたの?」と不思議そうに尋ねられた。 「手が──」 「僕の手が、どうかした?」 「好きだなあ、って思って。すごく」  この手を離さざるを得なかった人のことを思うと、切なさがこみ上げてくる。けれど、長谷さんには言わない。でも、もしかしたら、長谷さんは理香の気持ちなんてとっくに分かっているかもしれない。
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