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 いつもと同じように、ペンが止まっている子がいないか注意しながら座席の間を回る。「リカちゃん先生」と呼び止められて、質問を受ける。大人しくて声を発するのが苦手な子に、セーターのすそを引っ張られる。  そんなことを繰り返している間に、気がついたら、長谷さんの姿が見えなくなっていた。 ──帰っちゃったのかな。  大会議室を見回して彼をさがすけれど、どこにもいない。 ──帰っちゃった──。  いつの間にいなくなったのか、全然気がつかなかった。きっと邪魔にならないように黙って立ち去ったのだろう。  納期が終わったばかりなら疲れていたはずだ。そんな中でわざわざ立ち寄ってくれたのだろうに、きちんと応対できなかったことが申し訳なくて仕方がない。それに──。 ──終わるまで見学してるって言ったのに──。  がっかりしている自分に気がついて、複雑な気持ちになった。  もしかしたら、気づかないうちに、沙彩ちゃんの言葉に影響されてしまっていたのかもしれない。
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