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 長谷さんが、空いている手を口元に当て、下を向いた。 「どうしました?」 「──照れる」 「え?」 「そこまで言われると、さすがに照れる」  下から顔をのぞき込むと、かすかに赤くなっていた。見たことのない表情にドキドキした。 「あ、ほら。外見て、外」  言われて、再び庭に目を遣った。気持ちのいい木漏れ日が落ちている。小さく鳥の声がする。でも、風景はさっきと変わらない。 「何ですか?」 「いいから、しばらく違うところを見てて」 「はい」  理香は、明るい庭を見つめ、それから目を閉じた。  心の中に夜の風景が広がっていく。澄んだ静寂の中で、暗い空から雪が落ちてくる。髪に、肩に、ふんわりと白い綿のような小さな粒が積もっていく。でも、寒くはない。つないだ手が温かい。  時々は、どこかで立ち止まることがあるかもしれない。これから先の長い年月の中で、思い悩むことはいくらでもあるだろう。それに、長谷さんも、暗い道を帰りながら、あの学習塾の入り口で足を止めてしまうことがあるかもしれない。でも、わたしたちは歩いていく。  理香は、再び目を開けた。木漏れ日と小鳥の声が戻って来る。 「あの、言い忘れてた気がしますけど」 「今度は、何?」  身構えている長谷さんの姿に笑いがこみ上げてくる。
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