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 長谷さんは、リビングとその奥のキッチンを見渡した。  数年前、確かにこの場所にあったはずの家族の姿が見えた気がした。男性と女性と小さな女の子。でも、それは、幼かったころの理香自身の記憶だったかもしれない。それとも──もしかしたら未来の記憶だろうか。 「引っ越しなんてしなくていいです。貴文さんがしたいなら別ですけど」 「別に引っ越したいわけじゃないけど。──理香は本当にそれでいいの?」  短い問いかけに気遣いがにじんでいた。理香は、素直な気持ちを口にした。 「わたし、ここがいいな」 「そう?」 「うん」  長谷さんが表情を緩めた。有限の時間。その中で交わす言葉の一つひとつが、低くて穏やかな声が、それに、今この場所に一緒にいることそれ自体が、奇跡的で愛おしいことに思える。  ぱさっと小さな音がした。見ると、山紅葉の枝が小さく揺れていた。 「あ、あそこにいたんですね」 「何が?」 「小鳥。さっきから、声がしてました」 「そうだっけ?」  気がついていなかったらしい。 「何の鳥だったのかな」 「きっと、また来るよ」 「そうですね」  揺れる青葉に、陽の光が遊んでいる。夏へと向かう季節の匂いがする。 「朝ごはんにします?」 「──パンと卵しかないけどね」  長谷さんが深刻な口調で言った。理香は笑って、その手を握りしめた。    ― 終 ―
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