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■ scene 1
夕方六時に仕事を切り上げて、いつもの駅から電車に乗った。
八月、夏の盛りのうだるような暑さが、夕方になっても続いている。うっすらと冷房がきいた列車のドア近くに立ち、理香はハンカチで軽く額を押さえた。
ここから自宅まで六駅。長谷さんの家までなら四駅。でも、今日はそのどちらでもなく、二つ目の駅で降りることにしている。
帰宅時間帯の車内は混んでいた。手すりにつかまる理香の右手のすぐ横に、スマホを握る男性の手が見えている。列車が揺れたはずみで、その手が軽く理香に触れた。
「あ、すみません」
小声で謝罪されて、「いいえ」と言いながら視線を向けると、見知った顔がそこにあった。互いにびっくりして目を見合わせた。
「──小川さん」
「山村さんじゃないですか」
クールビズ仕様なのか、小川さんは、襟だけが白いストライプのシャツを着て、薄手のジャケットを羽織っている。
業界が業界だからか相変わらず洒落ているけれど、おかげで全然気がつかなかった。小川さんと言えば、理香の中では細身のスーツとポケットチーフが目印になっていた。
小川さんは、スマホをジャケットのポケットにしまい、その手で理香がつかんでいる手すりの上の方を握った。
「お久しぶりです。──って言っても、全然、久しぶりな感じはしませんけど」
「そうですか?」
小川さんと顔を合わせるのは、三月以来のはずだ。首をかしげた理香に向かって、小川さんは人懐こい笑顔を見せた。
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