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「山村さんの話は、うちの母からしょっちゅう聞かされてますから」
小川さんのお母さんは、ボランティアとして、ほぼ毎回勉強会に参加してくれている。経験が豊かで頼りになる存在だが、それはそれとして──。
「話、ですか──?」
大きな失敗はしていないつもりだけれど、そんな風に言われるとドキドキしてくる。小川さんがいたずらっ子みたいな顔になった。
「僕の口からはとても言えません」
「はい?」
「──っていうのは冗談です」
「あー、ええと」
理香の反応が面白かったのか、小川さんが笑っている──と思ったら、真面目な表情を浮かべた。
「まあ、一言で言えば、べた褒めって言うのかなあ。母は、ああ見えて基本的に辛口な人だったはずなんですけどね。ものすごく気に入ってるみたいですよ、山村さんのこと」
「──そうなんですか?」
よく分からないものの、反応のしようがなくて、理香は「恐縮です」と口の中でもごもご言った。
小川さんと二人、面と向かって話をするのは、前に同じこの電車で会った時も含めて二回目だ。
スマートな服装といい、広告代理店という勤務先といい、万事にそつがない印象で、誰とでも難なくコミュニケーションが取れる人なのだろうと思うけれど、この会話の運び方には戸惑ってしまう。
というより、もしかすると、理香がからかわれているだけなのかもしれない。
盛り上がっているんだかいないんだか分からない、微妙な会話を続けているうちに、いつの間にか、一つ目の駅に着いていた。
到着のアナウンスとともに、ドアが開く。理香は、乗り降りの邪魔にならないよう、精いっぱい手すりに身を寄せた。気がついたら、小川さんが理香の肩を腕で囲うようにして、人の流れからかばってくれていた。
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