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「メロメロですよ。フォーラムで山村さんを紹介してもらった時だって、『僕の大事な人です』みたいなオーラがバシバシだったし。気づいてなかったんですか?」
こくこくとうなずく。小川さんは、半ばわざとらしく「ふう」と息を吐いた。
「あのね、長谷さんって、めちゃくちゃ人気なんですよ。たまに仕事でご一緒することがあるんですが、そのたびに、うちの女性スタッフが、打ち上げと称した合コンを設定しろだの何だのと、もう大変で」
もてるんじゃないかとは思っていたけれど、そこまでだとは知らなかった。
「長谷さん、誰にどんなアプローチをされても涼しい顔をしてたのに、山村さんには全然違ってたからなあ。ああ、本気の女性にはこうなんだなって。なのに、山村さんは、あっさり『特別な関係じゃない』なんて言うし」
確かに、以前、電車の中で小川さんとそんな会話をした覚えがある。
だんだん、いたたまれない気分になってきた。ついでに、合コンで迫られている長谷さんの姿や、「本気の女性」という言葉やなんかが一緒になって、頭の中をぐるぐる回る。
固まってしまった理香に向かって、小川さんは「まあ、よかったんじゃないですか?」と笑った。
「うちの母にも、ちゃんと言っときます。嫁にするのは無理だから諦めろって。──あ、母が勝手に言ってるだけで、僕の方は何の意図もないから気にしないでくださいね」
小川さんが外を見て言った。「ほら、着きますよ」
「あ、はい」
何か変な単語が耳をかすめた気がしたけれど、長谷さんの話題が気になって、ちゃんと頭に入ってこない。
列車はスピードを落としながら、駅の構内へと入っていく。やがて人でいっぱいのホームに停車し、ドアが開いた。
「失礼します」
小さく頭を下げてホームに降りたところで、小川さんが発した単語がようやく頭に届いた。
──嫁?!
ぱっと振り返る。ドアの脇に立っている小川さんがにっこり笑い、「長谷さんによろしく」と手をひらひらさせた。
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