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人差し指で軽く画面に触れ、耳に当てると、少し低くて落ち着いた声が「理香?」と名前を呼んだ。大好きな人の声がくすぐったい。
「はい」
──もう、駅前にいる?
声を落としているということは、まだ会社にいるのだろう。
「今、着いたところです」
──ごめん、打ち合わせが長引いてて。もう少しかかると思う。
「いいですよ。気にしないで、ゆっくり来てください。ぶらぶらしながら待ってますから」
──二、三十分かかるかもしれない。よかったら、こっちにおいで。
「こっちって?」
──うちの会社。お茶くらいは出るから。
思わず、ロータリーの向こうのオフィスビルに目を遣った。初めて二人でこの場所を歩いた時、会社はあのビルの裏側だと教えてくれた。
理香は、空いている手でバッグの肩ひもをぎゅっと握った。いくら本人に呼ばれたのだとは言っても、仕事場に行くなんてものすごく気が引ける。
──場所、分かる?
「分かると思いますけど、でも、大丈夫です。あの、本屋さんで雑誌かなにか眺めてます」
あわてて言うと、怖気づいていることを感づかれたのか、「いいからおいで」と優しく言われてしまった。
──暑いでしょう。打ち合わせが終わるまで、こっちに来て涼んでて。
いつまでも押し問答をしていても、仕事の邪魔になるだけだ。自分に気合を入れて「分かりました」と返事をすると、長谷さんが「気をつけておいで」とささやいた。
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