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あれは大失敗だった。スタッフの皆さんに素性がばれていたのなら、なおさらだ。
「ああ、長谷さんが肩を落としてたやつか。『付き合ってると思ってたの、僕だけ?』みたいな」
髪を一つにまとめた女性が「がはは、イケメンが台なし」と豪快に笑い、別のスタッフに「お前こそ、美人が台なしだよ」と小突かれた。デザイン事務所というものには馴染みがなくて、別世界みたいに思っていたけれど、何だか楽しそうだ。
「ということで、悪いけど僕は退散します。みんなも、できるだけ早めに帰ってね。週末はゆっくり休んでください」
長谷さんは楽しそうに宣言し、自分のデスクに歩み寄って、いつもの黒いバッグを取り上げた。
「ほら、帰るよ」
理香の後ろを通り過ぎざま、ぽん、と頭に触れる。「失礼します」と頭を下げ、長谷さんのあとを追いかけようとしたところで、椅子の背に彼のジャケットがかかったままなのに気がついた。
「貴文さん、ジャケット忘れてま──」
言いかけて、はっと口をつぐむ。
誰かが「──たかふみさん──」とつぶやいた。おそるおそる振り返ると、長谷デザイン御一行様の目が笑っていた。
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