2950人が本棚に入れています
本棚に追加
/233ページ
■ scene 3
「びっくりしました。いきなりなんだもん」
階段を降りながら、長谷さんに文句を言う。前を行く白いシャツの肩。すぐ目の前に、きれいなつむじが見えている。
長谷さんは一足先に階段の下にたどり着くと、脇によけて理香を振り返った。
「足下に気を付けてね」
優しい口調で言い、左手を差し出す。右手にはバッグを下げ、軽い生地のネイビーのジャケットをかけている。
「──聞いてますか?」
「聞いてるよ。ほら、おいで」
最後の一段を下りて隣に立つと、長谷さんの左手が理香の右手をぎゅっと握った。そのまま指をからめてエントランスを後にし、ビルの前の通りを歩き出した。
「ごはん、どこで食べる?」
理香の顔をのぞき込むようにして、長谷さんが斜め上から問いかける。声が、笑いを含んで温かい。完全に面白がられている気がする。理香は唇をとがらせた。
「紹介するならするって言ってください」
「だって、言ったら恥ずかしがって来ないよね?」
──確かに。
長谷さんは、いつもの深みのある声で「ほら、そんな顔しないで」と笑った。右手で理香の額をつつこうとして、バッグとジャケットが邪魔だと気づいたらしく、つないだままの左手の甲で理香の頬をなでる。
「嫌だった?」
「嫌じゃない──っていうか、嬉しかった。けど、ちょっと恥ずかしかった」
「そう?」
長谷さんが、幸せそうに笑う。この人のこんな顔を見たら、もう何でもいいや、という気になってくる。理香は、長谷さんの手をぎゅっと握った。
最初のコメントを投稿しよう!