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暗い道の先、狭い路上に、ところどころ小さな灯りが落ちている。街灯と、それから先に進むにつれて、思い出したかのように現れるビストロやバーの明かり。
最初にこの道を歩いたのは、寒い冬の日だった。長谷さんと初めて一緒に食事をした夜。雪が舞う中を二人で歩いた。
今でも、あの頃のことを思い出すと、何とも言えないせつない気持ちになる。
少し甘えたくなって身体を寄せた理香に、長谷さんが「どうかした?」と微笑んだ。
「一緒に歩くの、楽しいなあって思って」
「うん、僕も」
長谷さんは意外にストレートな人だ。前に本人にそう言ったら、プラスの感情は、伝えられる時に伝えるようにしているのだと話してくれた。
多分それは、伝えたい相手がずっといてくれることが当たり前じゃないと知っているからなんだろうと思う。
つないだ手を軽く前後に振りながら歩いて行くうちに、目指す店の明かりが見えてきた。
「席、空いてるかな」
長谷さんが言った途端に店のドアが内側から開き、奥さんの方が顔を出した。長谷さんとそんなに変わらない年齢だろうか。
「あ──。いらっしゃいませ」
奥さんが目を見開いた。
楽しく手をつないで歩いてきたのを見られてしまった。いい大人なのに、恥ずかしくて手を引っ込めようとしたけれど、長谷さんは離してくれない。
長谷さんは理香の手を握りしめたまま、「こんばんは」と笑って言った。「入れます?」
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