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カウンター席にならんで座り、壁に立てかけられた黒板を眺める。「本日のおすすめ」の文字の下に、白いチョークで「枝豆の冷たいポタージュ」と書かれている。
「枝豆、サラダじゃなかったね。スープだ」
「スープも美味しそうです」
「たのんでみる?」
「うん。貴文さんは、何食べたい?」
言った瞬間に、すぐ後ろから「失礼します」と遠慮がちに声をかけられた。奥さんの手の上のお盆にビールのグラスが二つ載っている。
──聞かれてしまった。
理香は思わず背筋をぴんと伸ばした。
名前で呼ぶくらい当たり前のことだし、今さらなのだけれど、なぜか、人に聞かれるといまだに照れてしまう。さっき手をつないでいるのを見られてしまったことを思い出したら、なおさらだ。
理香の隣では、長谷さんがゆったりとメニューを眺めている。
「枝豆のポタージュと──。あ、理香、これどう? ズッキーニのラタトゥイユ」
「いいと思います」
「ほかに食べたいものある?」
「じゃ、あの、えっと、フルーツトマトとか?」
いくつか見繕ってオーダーしてから、ビールのグラスを合わせた。
カウンターの内側では、ご主人が忙しそうに動き回っている。その様子を眺めながら、秋の旅行の行き先だとか、長谷デザインのスタッフの皆さんだとかについて話をする。
そのうちに、お互いのグラスが空になった。長谷さんが飲み物のメニューに手を伸ばしたところで、後ろから「あの」と声をかけられた。
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