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「これ、よかったらどうぞ」
お盆の上に白ワインのグラスが二つ。「失礼します」と言いながら、奥さんがテーブルの上にセットしてくれる。
「あれ? 頼んでませんよ。ほかのテーブルじゃないかな」
首をかしげた長谷さんに、奥さんは「いえ、こちらに。主人からです」と控えめに微笑んだ。
「いいんですか?」
「はい。どうぞ」
長谷さんは、カウンターの内側に向かって、「すみません、ありがとうございます」と声をかけた。ご主人が手元から目を上げ、破顔した。
「お祝いです。ささやかだけどね」初めて声を聞いた。「ついでに、これもどうぞ」
カウンター越しに、お皿を手渡してくれる。薄く切ったバゲットの上にドライフルーツやチーズが盛り付けられている。小さな花も添えられていて、とてもきれいだ。理香は、思わず「わあ」と声を上げた。
「うちの妻がね、間違いないって言うから」
長谷さんがにっこりして「実は、そうなんです」と楽しそうに言った。意味が分からなくて、理香は小声で尋ねた。
「何のことですか?」
「理香と僕のこと。祝ってくれるんだって」
カウンターの中で、ご主人がにこにこしている。
「長谷さん、最近たまに二人でいらしてたでしょう? そうじゃないかなとは思ってたんですけどね。ほら、万一違ってたら悪いし、聞けなくて」
名前も知っているらしい。
そこでようやく、長谷さんはこの店の常連なのだし、一人で来た時はカウンター越しに話をしているのだろうということに思い当たった。もしかしたら、ある程度の事情も知っているのかもしれない。
「お似合いですよ」優しい目を向けられて、くすぐったい気持ちになる。「うらやましがる子もいそうだなあ。長谷さん、ファンが多いし」
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