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「そうなんですか?」
理香は思わず言った。ご主人はうなずいた。
「そうなんですよ。長谷さんが帰られたあと、お客さんから聞かれたりね。独身なのかとか、どんな人なのかとか、よく来るのかとか。まあ、聞かれても、言わないけどね」
今日は、なぜかやたらに、この類の話を聞かされている気がする。めまいがしそうだ。
長谷さんは「ははは」と白々しく笑い、「大げさに言ってるだけだよ」と言い切った。
疎そうにしているから気づいていないものとばかり思っていたけれど、さすがに多少は心当たりがあるのかもしれない。
この人は、もう──。
別に本人のせいじゃないのは分かっているけれど、何と言えばいいのか──、ある意味かわいいというのか、要は──突っ込みどころがありすぎる。
理香の心情を察したのか、ご主人が苦笑した。
「そんななのに、長谷さん、いつも一人でね。ぷらっと来て、一人で晩飯食べて、ボクとちょっと話をして帰って。余計なことだけどね、心配してたんです、寂しくないのかって」
この店のご夫婦は、間違いなく長谷さんの事情を知っている。
「まあ、そんなだから、大丈夫ですよ。誰かと一緒にお見えになったのは、あなたが初めてですから」
──そういうお店だったわけだ、ここは。
あの冬の日、長谷さんが連れてきてくれたのがこの店だったことを思い返して、胸が熱くなった。
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