2950人が本棚に入れています
本棚に追加
/233ページ
戸口まで奥さんに見送られて、お店をあとにした。
暗い夜道を駅に向かって歩く。駅前広場に出る少し手前、いつか携帯電話の番号を交換した場所まで来た時、理香は足を止めた。つられて長谷さんも立ち止まる。
「あのね──」
長谷さんと向かい合うようにして立ち、理香はおずおずと口を開いた。とても伝えたいことがあった。
「ん?」
「その──」
お店にいる間に、ちゃんと言おうと決心したこと。でも、いざ口にするとなると勇気がいる。
「どうかした?」
「あの、ちょっと話が──」
言いかけて、次の言葉をさがしていると、長谷さんが少しだけ心配そうな顔になった。
道の先、駅前広場の方から酔っ払いの声が聞こえてくる。学生だろうか、男女の声がまざっていて楽しそうだ。長谷さんの肩の向こうの自動販売機のボタンが、妙に明るく見えた。
そんなことをいちいち考えてしまうのは、緊張しているせいかもしれない。
「ごめんね」長谷さんに言われて、理香はびっくりして顔を上げた。「ちょっと強引だったかな。気づかれした?」
「そんなことないです」
理香はあわてて否定し、長谷さんのジャケットの端っこに触れた。長谷さんが理香を見つめている。理香は、再び下を向き、足下を見つめたまま一息に言った。
「あのね、結婚のこと。早くしたくなった。ダメですか?」
最初のコメントを投稿しよう!