■ scene 3

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 長谷さんは、理香を腕の中に閉じ込めたまま「あれ?」という顔で周囲を見回し、思い出したように「ごめん」と笑った。 「まあ、いいんじゃない? 大丈夫、裏通りだし、夜だし、誰も見てないし」  あっさり言って、何ごともなかったかのように、もう一度、髪にキスをする。この人のこういう冷静さはすごいと思う。 「それより、今、何時だっけ?」  言いながら、長谷さんは、左手を軽く持ち上げて時計を確認した。 「十時か。遅いかな──。いや、ぎりぎりセーフだよね」 「何がですか?」 「実家への電話。理香にとって、それが唯一の問題なんでしょ?」  ちゃんと分かっているらしい。 「いつまでも悩んでないで、決心した時にさっさとかけてしまった方がいい。最初だけ理香が話して、あとは僕に替わってくれていいから。──って、しまった、ちょっと飲んじゃってるな」  さっき、ビールと白ワインを飲んだことを思い出したらしい。眉間にシワを寄せて、「最初の印象が大事なんだけど」とか何とか、口の中でつぶやいている。 「酔ってはいないつもりだけど、失敗したくないし、念のため明日にするかな。いやいや、でも、せっかく外堀を埋め終わって、本人がやっと前向きになってるのに──」 「え? 何を埋めたんですか?」 「あ、いや、こっちの話」  長谷さんが、あわてたように言った。
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