episode 02

3/12

2950人が本棚に入れています
本棚に追加
/233ページ
 軽く腕を組んで、建物の裏手の駐車場に向かって歩きながら、貴文さんが楽しそうに口にした。 「やっぱり、そうだったね」 「うん」  心当たりは十分過ぎるほどあったし、先週あたりから、二人で「もしかしたら」という話はしていた。 『六週目に入ったところですね。ここに、赤ちゃんが入っている袋があって──分かりますか? もう心拍も確認できますよ。ほら──』  さっき説明してくれた女性医師の声を思い出す。まだ一センチにも満たない存在。モニターの中に、小さな鼓動が確かに映し出されていた。  理香は、軽くお腹に触れた。自分の中に、今はまだとても小さいけれど、やがて生まれてくる誰かがいるのだと思うと、とても不思議な気持ちになる。 「来年か──。夏生まれになるんだね」 「そうですね」  この気持ちを、どう言い表したらいいんだろう。貴文さんがお父さんで、わたしがお母さん。そう思うだけで、胸がいっぱいになる。  貴文さんは何か考え込んでいたかと思うと、思いついたように言った。 「暑いだろうな。エアコン、ちょっと効きが悪くなってきたような気がするし、買い替えるかな」  何を言い出すのかと思ったら──。  季節はまだ秋で、これから先には冬も春も待っている。理香は笑って、どう考えても早すぎる心配をしている夫の腕に腕を回した。そのまま、ぴったりくっついてみる。  貴文さんが「ん?」という顔をした。 「どうしたの? そんなにくっついて」 「ダメですか?」 「いや、嬉しいけど。甘えたくなった?」 「うん。くっつきたい。いいかな」 「いいよ、いくらでも」  貴文さんは微笑み、理香の額にキスをした。
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2950人が本棚に入れています
本棚に追加