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軽く腕を組んで、建物の裏手の駐車場に向かって歩きながら、貴文さんが楽しそうに口にした。
「やっぱり、そうだったね」
「うん」
心当たりは十分過ぎるほどあったし、先週あたりから、二人で「もしかしたら」という話はしていた。
『六週目に入ったところですね。ここに、赤ちゃんが入っている袋があって──分かりますか? もう心拍も確認できますよ。ほら──』
さっき説明してくれた女性医師の声を思い出す。まだ一センチにも満たない存在。モニターの中に、小さな鼓動が確かに映し出されていた。
理香は、軽くお腹に触れた。自分の中に、今はまだとても小さいけれど、やがて生まれてくる誰かがいるのだと思うと、とても不思議な気持ちになる。
「来年か──。夏生まれになるんだね」
「そうですね」
この気持ちを、どう言い表したらいいんだろう。貴文さんがお父さんで、わたしがお母さん。そう思うだけで、胸がいっぱいになる。
貴文さんは何か考え込んでいたかと思うと、思いついたように言った。
「暑いだろうな。エアコン、ちょっと効きが悪くなってきたような気がするし、買い替えるかな」
何を言い出すのかと思ったら──。
季節はまだ秋で、これから先には冬も春も待っている。理香は笑って、どう考えても早すぎる心配をしている夫の腕に腕を回した。そのまま、ぴったりくっついてみる。
貴文さんが「ん?」という顔をした。
「どうしたの? そんなにくっついて」
「ダメですか?」
「いや、嬉しいけど。甘えたくなった?」
「うん。くっつきたい。いいかな」
「いいよ、いくらでも」
貴文さんは微笑み、理香の額にキスをした。
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