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──ああ、そっか──。
理香は、ノブにかけようとしていた手を引っ込めた。
来年、新しい命が生まれてくる。それは間違いなく嬉しいことだけれど、こんな風に一人になって考えたいこともあるだろうし、心の中で報告したい相手だっているだろう。
不安はまったく感じない。だって、深く愛されている実感がちゃんとある。それだけじゃなくて、互いに、心の深いところでつながっていると思う。
ずっと一緒にいる。
互いの思いをつなぎ合った日から、変わらない気持ちでそう思い続けているし、彼もそう思ってくれていると分かっている。
でも、こんな時は、邪魔をすべきじゃない。
──戻っていよう。
音を立てないようにそっとドアのそばを離れようとした時、気配を感じたのか、貴文さんがこっちを見た。「しまった」と思ったけれど、多分もう遅い。
「──理香?」
──見つかっちゃった。
呼ばれているのに、まさか無視するわけにもいかない。束の間、逡巡したものの、理香は「はい」と小声で返事をして、リビングのドアをそうっと開けた。
「ごめんなさい。目が覚めたら、いなかったから──」
おずおずとした口調になってしまった。
「もしかして、心配した?」
陰になって表情はよく分からないけれど、思ったよりも声の調子が軽い。理香は、ほっとして続けた。
「少しだけ。でもね、あの、どこに行っちゃったのかなって思っただけで、邪魔をするつもりはなかったんです」
「ごめん、心配させて。僕が悪い」
素直に言う彼に、理香は「いいえ」と微笑んだ。
「わたし、ベッドに戻ってますね」
「いや。おいで──」
少し低めの声が理香を呼んだ。
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