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ためらっていると、暗い中で空気がふわっと揺れて、貴文さんが笑った。
「ほら、こっちに来て」
ソファの上、自分の右隣を空けて、ぽんぽんとたたく。理香は「すみません」と言いながら、おずおずとソファに歩み寄り、彼の隣に腰を下ろした。
「おじゃまします」
「おじゃましますって、何それ」言われて、ちらっと横を見ると、深い色の目が笑っていた。「相変わらずなんだから。ほら、もっと、こっちにおいで」
「──はい」
ちょっとだけ寄り添ってみたら、「もっと」と催促された。
ぴったりとくっついて肩に頭をのせると、ようやく満足したらしい。
「心配させてごめん。昼間、すごく嬉しかったからかな。目が覚めたら眠れなくなって」
「うん」
「なんか、いろんなこと考えてた。理香に会う前のこととか、いろいろ。あとね、理香に会ったばかりの頃のことも」
触れたところから、彼の体温が伝わってくる。温度と一緒に、気持ちもしみ込んでくるような気がした。
理香は、ソファの上で膝をかかえた。優しい息遣いが耳に触れて、くすぐったい。身体ごともたれてみたら、肩に腕を回して頭をなでてくれる。
「いろんなことがあったな。でも──、幸せって、なくなってしまうことはないんだね」
飾らない言葉が、心に沁みた。理香は、どんな言葉を返そうか迷って、結局「そうみたいですね」とだけ口にした。
「──大事にする」ふいに、耳のすぐそばで声が言った。「ずっと大事にする」
理香のことなのか、これから生まれてくる小さな存在のことなのか、それとも、一緒に築いていく幸せのことなのか、どれだろう。もしかしたら、全部かもしれない。
「うん。わたしも、大事にします」
ぴったりくっついて、腕の中に深くもぐりこんでみる。ふわっと貴文さんの香りがして、とくんと心臓が鳴った。
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