2950人が本棚に入れています
本棚に追加
/233ページ
理香は唇をとがらせた。薄闇の中、至近距離で理香を見つめる目が、ふっと優しくなった。
「また、そんな顔して──」
言いながら、理香の顔をのぞき込む。鼻先が触れて、思わず目をつぶったら、唇が軽く合わさった。それから、毛布ごと、ぎゅっと抱きしめられた。
ほのかに残るシャンプーの香り。柔らかいパジャマとふんわりした毛布の感触。大好きな人の温もりに包まれているうちに、何とも言えない幸福感がこみ上げてくる。
──あなたに会えて、よかった──。
「理香」
貴文さんが、低い声でゆっくりと名前を呼んだ。
「ここにいてくれて、ありがとう。──君に会えてよかった」
「私も──」
理香は小声で言い、毛布の中で精一杯動いて傍らの温もりに寄り添おうとした──ところで、「あの」と困った声を出した。
「ん?」
「毛布がじゃまというか──。その、毛布ごしにじゃなくて、もうちょっと、ちゃんとくっつきたいんですけど──」
一瞬、間が空いた。腕の中から見上げると、貴文さんと目が合った。貴文さんは、何か考えるように一瞬だけ唇をぎゅっと引き結び、それから、ゆっくりと口を開いた。
「だめです」
はっきり言われて、理香は心の中で首をひねった。いつもしていることなのに、なぜ今日はダメなんだろう。
「どうして?」
「誘惑厳禁。煽るのも厳禁」
「そんなことしません!」
「理香にそのつもりがなくてもね、結果的に僕の方が──」
貴文さんは言いかけて、言葉を切った。それから「ああ、もう」と諦めたように言った。
「いいから、大人しく寝てください。ちゃんと抱きしめてるから。──毛布の上から」
最初のコメントを投稿しよう!