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理香は、携帯電話を手に持ったまま、一同を見渡した。いつの間にか全員が立ち上がり、会話の成り行きを見守っていた。
「研さん、盲腸だそうです。救急車の中からでした」
小児科医のスミレ先生が「盲腸、救急車」とつぶやくように言い、表情を曇らせた。
「大丈夫なの?」
「だといいんですが──。かなり痛そうでした。ごめん、って何度も」
そこまで口にしてから、理香は、会議室の一番奥で思案げに会話に耳を傾けている丸岡先生に身体を向けた。
同じ「先生」でも、こちらは医師ではない。同じ沿線にある大学の教育学部の教授で、この会の代表者でもある。五十代半ばの小柄な男性で、真ん丸い眼鏡をかけている。
「パンフレットの件、代理を頼んでくださったそうです」
「代理?」
丸岡先生が首をかしげ、先をうながした。
「詳しく聞けなかったんですが、すぐに着くはずだからって──」
その時、とんとん、と二回、控え目なノックが響いた。全員が一斉にドアを振り返る。
みんなが見ている前で内開きのドアが遠慮がちに開き、隙間から男性の顔がのぞいた。
「こちらは、AFFの会合でしょうか?」ドアのすぐ脇にいる理香に向かって、男性は小声で確認した。「研和臣さんから連絡を受けてうかがったんですが」
「はい、こちらです」
声が裏返ってしまったかもしれない。理香はぱっと立ち上がり、ドアを大きく開けた。
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