義翼

出会い

　青年が目覚めるとそこは屋外階段の踊り場だった。
　青年は、かっぽう着のような、前から袖に腕を通すような服を着て、袴をはいていた。

　青年は立ち上がり、辺りを見渡すとそこは、幅の広い河の側にある町工場に併設されたビルだと分かった。

　屋外階段の下を通行人が歩いているのが見えたので、青年が呼び止めた。
「ねぇ、ちょっと。君も翼がとれたの？　義翼をつけに行くの？」
　通行人は青年の方を見上げながら、首をかしげ、無視するように去っていった。それと同時に怒鳴り声が下から聞こえた。
「こらぁ、お前誰だ。そこを動くな」
　そう言って、作業服を着た白髪まじりの小太りの男性が、ホウキとチリトリを持って階段を上がって来た。

　男性が、息を切らしながら上がって来る。青年は言われたとおりじっとしていた。
　二人はしばらく、お互いの姿を見ていた。そして、男性の方が先に口を開いた。
「お前、どっかの祭りで酒飲んで酔っ払って、ここで寝てたのか？」
　青年は、少しおどおどしながら答えた。
「い、いえ違います」
　男性は不審な顔をさらに疑い深そうにして聞いた。
「だが、その服は祭りの衣装かなんかだろう？」
　青年は、自分の服に目をやった。
「いえ、違います。この服は普段着です」
　男性は、考え込むように黙った。それで、青年の方が聞いた。
「あなたも翼がとれたんですか？」
　男性は、驚いたように答えた。
「翼なんかあるわけないだろ」
　青年は、反論するように言った。
「そんなことないでしょ。翼がなければ生活できないでしょ」
　男性は、少し笑みをこぼして言った。
「何言ってんだお前。やっぱり酔ってるんだろ。もういいから下りろ」
　青年は、不安そうな顔をした。
「下りるって、これ何？」
　階段を下りかけた男性は、青年の方を振り返って言った。
「これって、階段に決まってるだろ。変な奴だな」
　青年は、初めて見るように階段の手すりを触った。
「これは階段と言うのか。歩いて下りれるんだ」
　男性は、この青年に興味がわいてきた。
「お前、名前はなんて言うんだ？」
　青年は、恐る恐る階段を下りながら答えた。
「飛鳥キトラです」
　男性も自分の名を名乗った。
「私は佐奇森作造。ここの会社の社長だ。翼、翼ってしきりに言ってるけど、お前には翼があったのか？」