5人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
★
「それでは行ってくるから」
そう言い置いて玄関を出た。
ベッドの中から夫を見送る嫁はふつつかなのだろうか。私は気にしない。始業式はまだだし、せめて子供が休みの間くらいは、ゆっくりさせてやりたいと思っている。
冬の澄んだ空気は冷たかった。遠くの空は、もう夜明けの準備が出来てるようで、うっすらとした東雲色が、徐々に広がりを見せていた。
玄関から最寄り駅までの道を、いつものように、朝を感じながら歩いた。
駅に近づくにつれ、少しずつ歩く人が増え、自動改札を抜ける手前では、いつもと変わらなくなった。
駅の構内まで来ると、もう正月の雰囲気は無くなっていた。
定期券として利用しているICカードを取り出したその時、遠くから響く電車の気配を感じた。
少し小走りになって、階段を駆け上がれば、思った通り列車が入構してくる所だった。
ドアが開いて中を覗くと、電車内はやたらと空いていた。
一年を通して、はじめから座れる日など数える程しかない。新年から幸先の良いスタートで、私はとても満足だった。
ここからターミナル駅まで、30分くらい。そこから乗り換えて、地下鉄で15分ほど。駅から徒歩5分のビルに職場がある。
そこそこ長い通勤時間だが、スマホが普及してからは、私にとっては有意義な時間だ。便利になることで、無駄な時間が無くなることはいい事だ。
電車が走り出し、小刻みな振動を感じる。これが心地いい。おしりのシートも暖かく、私は眠気に誘われるまま、ゆっくりと目を閉じた。スマホも悪くないが、今日くらいは、正月を思い返してもいいだろう。
思えば、今年の正月は、子供たちを遊びに連れて行ってやれなかった。
両家の実家に挨拶をしに行って、その帰りに、大社に寄って初詣をしたくらいだった。
その時のエピソードが、どうもまだ消化しきれないで胸の内に残っている。
最初のコメントを投稿しよう!