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全国民が網膜投影型のVRメガネを携帯し、全自動運転の自家用車が街を駆け、アンドロイドがスタバでコーヒーを提供する時代に、僕らはポータブルDVDプレイヤーを買うことに決めた。いつの時代も冬というのは寒くて、吐く息は白い。身体に組み込まれた生体チップが体温の急激な低下を察知して、耳障りなビープ音を上げた。自転車だけは僕らの祖父母の時代からずっと変わらず、不安定な丸いタイヤがカラカラと音を立てて回る。踏み込めば回転数が上がり、速度が増す。「法定速度を守ってください」視界の隅に警告メッセージが表示された。僕はそれを無視して、学校から少し離れたいつもの神社へ急いだ。1月5日の午後2時。僕らの決戦の日。 「ユウスケ、いくらになった?」 ニット帽を被ったダイゴが待ちきれない様子で言った。痩せた首にぶら下がっている、ぶっといネックレスみたいなものは2世代前のVRメガネで、真っ先に買い換えるべきなのはそれだと思うのだが、僕らの好奇心はそれに勝る。この作戦は去年の夏から決めていたことで、男の約束を無碍にするようなやつではない。 「2万クレジット。しけてるわー」 「それだけあれば充分だろ」 本当は両親から1万クレジット、両方の祖父母から1万クレジットずつだから、計3万クレジットはもらったのだけど、1万は懐に入れておきたい。他に買いたいものもあるし。 「僕が4万だから、3人合わせて9万クレジットかあ。足りるかな」 境内の階段に座っていたケンジが、ゲームをしながら言う。丸々とした両手をひらひらさせながら、仮想現実上でドラゴンと戦っていた。ケンジの家は金持ちだからもっともらっているはずで、そして密かに懐に入った分はもちろんゲームの課金につぎ込むはずだ。 「で、どこで買うん? というか、だいじょぶなん?」 葉のないコブシの木が風に揺れている。僕は不安だった。中学生の僕らが前時代のメディアであるDVDプレイヤーを買うというのは、“そういうこと”だと店主にバレるに決まっている。購入時に年齢認証を求められたら、そこでバッドエンドだ。
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